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 RESOLUTION ll 第4章(6)**********************************************




「前方12時、距離3万!巨大反応補足!…要塞、と思われます!!」
第一艦橋のパネルスクリーンがその威容を映し出す。


「…なんだ、あれ……」
折原の補佐をしつつ同じ計測器を操作していた桜井が頭上を仰いで呟いた。
「要塞……って」
「あれが…要塞なのか?!」


アマール外気圏、高度250万メートルのその宙域は、深紅の霞に覆われた異様な“舞台”と化していた——。

紅い霞の中に、日没の海のように“光る”平面が見える…… 
そのただ中に、“要塞”は浮かんでいた。
中央に聳える司令塔の形状が、例の戦艦とそっくりだ。赤黒い銃眼、直線的なフォルムに漂う邪気。
両翼に張り出した司令塔の先端が、その背後に輝く不気味な光点に煌めいた。光る海面の外側を、さらに異様な5本の塔が取り囲んでいる。


「艦長!…あの要塞下部は、通常空間ではなく異次元空間に繋がっています!」
折原真帆が血の気の引いた顔で叫ぶ。 
あの紅い霧のようなものが、レーダーの探知を阻んでいたんだわ…!!
光る海面に浮かんでいるように見えているのは、そこから下が異次元に沈み、溶け込んでいるから……!

通常空間と異次元空間とを共有する、あれほど巨大な建造物が目の前に存在するという狂気。すべてを地球の科学で証明できるという常識の中で生きて来た真帆は、恐るべき『数字の限界を越えた魔の領域』を目の当たりにして怖じ気づく。

「狼狽えるな!亜空間戦闘の基本を思い出せ!」
「は、はいっ」
古代の声に、真帆だけでなく要塞に視線を釘付けにされていた他のクルーたちも我に返る。
「亜空間ソナー、スタンバイ!」
「次元レーダー作動!」




*             *              *




地球連邦宇宙科学局全方位マルチスクリーンにも、ヤマトの艦載カメラが捕えたSUS次元要塞の全貌が映し出されていた。

「……これは…!!」
見守る真田をしてそう呟かせるほどの威容——
「すぐ分析にかかります。あの建造物の動力源を探ればきっと…」 
同じく呆然としたテレサだが、一瞬のち我に返るとそう言うなり解析に取りかかる。

自ずと指が、身体が震えた。
この宇宙には、私たちの持つ当然の感情がまったく通じない生き物が存在する。 
かの白色彗星帝国もそうだった。同じ人の形をしているのに、彼らには何も…通じなかった、人の情愛も温かさも、死を憂える心も。自分はその事実を、身をもって知っていたはずではなかったか。それでも、この新たな脅威がこれほど恐ろしいとは。

(でも古代さんは、ヤマトは。
生き延びる術すべも立ち向かう術すべも、同時に知っているはず……)

だが、その同じ場所に小さな守が居て、あの要塞の近距離に対峙していることにテレサは震えを禁じ得なかった。
ドローパッドにみゆきのサイキックウェーブを追いながら、懸命に祈る。
(どうか、どうか無事で……)
震えるその肩を、温かな腕が覆った。
「…島さん」
「思い詰めちゃだめだ。…古代を信じよう」
「……はい…」

だが、2人が頷き合いながら目を上げた刹那。
真田が声を上げた——
「……動いたぞ!!」
「…!!」
要塞を取り囲むおよそ1000隻の大ウルップ連合軍艦隊が、にわかに陣形を変え。明らかにヤマトを迎え撃つ体勢に入るのが見てとれた。
ヤマトは無人機動艦隊全艦を前衛に据え、数少ないパスカルの艦隊を両舷から庇うように進んでくる。あくまでも防戦に徹するつもりなのだ。
大介は祈るような気持ちで呟いた——

「古代…!」




*              *              *




砲撃は突如、始まった。

「全艦、バリアミサイル発射!」
紅い霞をバックに、無数の敵ミサイルが飛来する。
左舷に展開する、宇宙の闇に溶け込むような群青色の戦艦から、やおら仄白い光が放射状に散った…と思うと、それは無数の艦載機だ。

「敵艦載機多数、発進を確認!」
「徳川!前衛無人機動艦隊、主砲で弾幕を張れ!接近させるな!!」
了解っ、と怒鳴りながら、徳川が歯を食いしばる。 
実のところ、無人艦隊の操作は彼の独壇場だ。
郷田と上条が自席から腰を浮かす。無人の艦隊を操るためコントロールパネル上に踊るように滑る、徳川の手元を見つめて唸った。
「…すげえ!」

前衛の無人艦隊10隻が機敏に左旋回し、飛来する敵サイルへ向けて主砲を放つ。畳み掛けるように放たれる夥しい閃光が、敵艦載機を蹴散らし散り散りにする。
「当てちゃ、駄目だからな…っ」
あくまで、専守防衛、これは威嚇攻撃だ。
狙いつつ、当てずに後退させる、それが案外難しい。瞬きも、するヒマ、ねえんだよ・なっ…これが…!
自動制御AIによる秒単位のバーチャルコマンドに従いながら、徳川は独り大奮闘だ。

「上条!郷田!ぼうっとするな… 配置につけ!」
間髪を入れずに古代の怒号が後ろから飛んでくる。
バリアミサイル及び、主砲発射用意!
コスモパルサー隊発進準備!
<了解>
ごく落ち着いた佐々木美晴の声が、艦底から上がってくる。
小林がちらっと古代を見た…… 
「お前はそこにいろ!」古代にそう返されて、「チッ」と舌打ち。

だが、第一艦橋全体に士気がみなぎっていた。
迷いながらの戦いではない。
一瞬の躊躇も見せない古代の指揮に、誰もが確信した…… 

これが、あのヤマトの戦い方なのだ、と。



「敵軍は3種類の戦艦で構成されています!…数が多過ぎて、蹴散らしきれません!!」
桜井がモニタを睨みつけたまま叫ぶ。
威嚇攻撃だと分かったのか、敵艦載機の幾らかが弾幕の間をぬって大胆に接近するのを、郷田がパルスレーザー砲塔からの斉射で牽制する。その間にも、無数の戦艦が両サイドからパスカルの艦隊とヤマトを取り囲み、包囲の手を狭めて来る……

<艦長、発進命令は> 艦底から上がる艦載機隊からの声。
「……待て!」と答える古代の声は冷静だ……
「艦長、このままでは包囲されます!」
「承知の上だ」
焦る桜井の怒声に被った、古代の静かな言葉に大村がちらりと艦長席を仰いだ。
艦長は…、あの要塞を動かしたいのだ。

宇宙要塞を背後に据えた艦隊戦の定石は、敵艦を包囲し動けなくすることから始まる。
(敵を試しているんですな。…我々を捕えたと思わせて、要塞の切札を早々に引き出すおつもりだ)
要塞の周囲に聳える5本の塔は、ただの飾りではあるまい。一見砲塔などどこにも見えないが、要塞には必ず攻撃用の砲台が存在する—— 強力な防御兵器もなしに、移動要塞がこれほど無防備に姿を現す事はあり得ない。
無言でにやりとした大村の視線に、古代も一瞬だけ微笑み返す。

「中西!パスカル将軍に後退するよう通信を送れ!」
「はっ」
「徳川、全無人機動艦隊の艦首を要塞方向へ向けろ…!!」
「了解…」
言い淀んで、瞬時に理解する。
徳川は、古代の次の号令に締め付けられるような興奮を予感した……





「将軍!ヤマトより、後退するよう要請です!!」
「むう…」
ろくな攻撃火器を持たないパスカルの旗艦である。この船の最大の兵装は、艦首に備えられている巨大なシールド発生装置だ。それ以外の攻撃火器は、SUSの戦艦にとっては癇癪玉のようなものである。
「……ヤマトは、彼らを攻撃していません…!」
ずっとスクリーンを注視していた副官が、信じれらないといった面持ちでパスカルを振り返った。
「前衛に展開した艦隊の主砲弾道は、フリーデの戦艦もベルデルの戦艦も、いえ、艦載機すら避けています、…狙っていないのです!!」
「…………」

あからさまに、ヤマトから放たれるすべての弾道が物語っている。



我々は、争う心算はない。
犠牲を出すことを望んでいない。
戦闘状態を解き、あなた方の祖国へ戻られよ——!



「……愚かな…。SUSにそれが通じると思っているのか…!」

しかし、そう唸った将軍自身が、フリーデとベルデルの総帥にはヤマト艦長の言わんとしていることが伝わっているのではないか、と思い始めた。
何となれば…、ヤマトの主砲弾幕の間隙を縫って接近したはずのフリーデの艦載機群が、攻撃を控え始めたからだ。
だが、恐ろしいまでの沈黙を持って背後に鎮座するSUS要塞の監視の目…… 何機かがその恐怖に負けて、ヤマトへの直接銃撃を行なっているようだ。だが、それに対しても、ヤマトは反撃していない。



——愚か者の蛮勇には呆れるばかりだ…!

パスカルが苦い溜め息と共に『ヤマトの背後へ後退しろ』と言おうとした瞬間、レーダー手が恐怖に満ちた叫び声を上げた。
「将軍!!次元要塞の<砲台>が動きます…!!」
「何…っ!」




要塞の新たな動きは、ヤマトのレーダーにも捕えられていた。
「……艦長!!」
「よし… やっと動いたか…!」
紅い霧のベールの中から、ゆっくりとそれは姿を現した。中央の司令塔を取り囲むように聳える5本のタワーが、次第に変形し始めたのだ。
「…あの塔そのものが……攻撃兵器なのか?!」
大村が呟いた時、乱暴に通信が入った。

<こちらアマール宇宙軍、パスカルだ…!!>




*             *             *




「真田さん…!」
背後から呼ぶテレサの声に恐怖の色を感じ取り、真田は振り向いた。
「……あの“要塞”が、大きなエネルギーを集積し始めました。光って見える海のような部分と、上部に見える光点とが連動してエネルギーを圧縮し始めているようです。…何か、大きな武器を使う前兆かもしれません…!!」
「なんですと…?!」

未明の作戦司令本部に、新たな戦慄が走る。

「ヤマトとアマール宇宙軍、無人艦隊は集結しています。…散開させた方がいいのでは?!」
大介がそう提案した。
テレサが解析した“集積エネルギー”は、確かにこのスクリーン画面上でもとてつもなく大きな反応となって投影されつつある。
敵軍は刻々と、数でヤマトとアマール軍を一ヶ所に包囲して行くように見えた。波動砲…もしくは、それ以上に威力のある兵器を、彼らが使うつもりだとしたら……?
「…この状態だと、狙い撃ちされてしまいます…!」

真田はおもむろに頷くと通信機のマイクを手に取った。回線のオープンを待ちつつスクリーンを振り仰ぐ。
古代は前衛に展開する無人機動艦隊の艦首を、要塞に向けさせたようだ。
やつには…何か勝算があるのだろうか!?




ヤマト第一艦橋のスクリーンパネルには、蒼白な表情のパスカル将軍が投影されていた。
「将軍!後退を…」
言いかけた古代を、パスカルは遮る。
<古代艦長、あなたがたこそ後退したまえ!要塞の砲台が動き出した……あなた方の船では、あれを防ぎ切ることはできん!!>



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第5章へ続く
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