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 RESOLUTION ll 第4章(2)
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「……こちら島次郎。応答願います」
後ろめたさについ小声になる。
この通信を受けるのは、十中八九兄貴だろう。
何の用だと言われたら、どう答えるのか。
…ええい、テレサは元気か?……それじゃいけないか?

だが、逡巡しているうちに回線がつながる。
<……真田だ>
「…(長官)!」
<どうした、次郎くん?!>
モニタに映った真田は、先ほど音声通信で古代と話したばかりなのに一体何があったんだ、と
言わんばかりである…… 
しまった、と思ったが遅かった。
「…長官、あの… 諮問会議はどうなりましたか?」
お座なりに誤摩化した。
それを問うためにこのプライベート回線を使う意味は?そう問われたら、
答えなぞ用意していない……
案の定真田は一瞬訝し気な表情を作ったが、即座に首を振る。
<まだだ。だが、おそらく“先方の言い分通りにせよ”という通達があるだろう。
私はそう考えている>
「…僕たちもです……」
暗い顔で言い淀んだ次郎に真田は何事か続けようとしたが、次郎の視線が一瞬自分の背後を探すように左右したのを見て、 ふっと頬を和ませた。
<……そうだ。君に伝え忘れていたことがある。専用回線を使ってくれて、丁度良かった>
「…え?」

真田は、軽く後ろを振り返るとカメラの映る範囲より外側にいる誰かを手招きした。
「おいで。次郎くんから通信だよ」

えっ、ほんとう?!わーい!!

呆気に取られるほど甲高い声がして、2人分の子どもの足音が駆け寄ってきた。
「え……えええっ!!」
次郎がそこに目にしたのは、古代の娘の美雪と……すっかり幼児に成長した姪のみゆき、だった。



<…次郎さん!元気?!>
手を振るたびに左右に揺れる明るい茶色の巻き毛が、もう肩の下まで伸びている。
昨日まで歩くことも出来なかった赤ん坊が、隣でニコニコしている古代美雪と手をつないで走って来たのだ。
ふっくらしたピンク色の頬が、テレサのはにかんだ頬を彷彿とさせた……

<どうしたの?次郎さん、大丈夫!?>
驚きのあまり言葉を失っている次郎に、みゆきが心配そうに問い掛けた。
ぺったりとモニタに顔を寄せるので、美雪が横からお姉さんらしく「ねえみゆきちゃん、そんなに画面にくっついたらちゃんと映らないよ、もうちょっと離れなきゃぁ」とそれを諌めている。
苦笑した真田が、2人の間から顔をのぞかせた。

<…驚いただろう。テレザートの人たちは、成人するまでに何度かこういう急激な変化を迎えるのだとテレサが言っていた。通信状態が飛躍的に良くなっているのも、みゆきちゃんの成長の影響らしいのだ>
<——みゆきちゃんすごいんだよ、次郎さん!!真田さんと一緒に沢山計算したりレーダー読んだり、スイッチ押したりできるの!!>
古代美雪に褒められて、みゆきはまたもや桃色の頬を赤く染めた、
——テレサとそっくりな、愛らしいはにかみ方。
それを目にして、次郎は鼻の奥がつんとするのを感じた…… 

(すごい…… すごい変化だ)
兄貴と、テレサにもお祝いを言わなけりゃ……!

お母さんは?とみゆきに問い掛けながら、こんな目覚ましい成長を遂げた姪のそばにいられなかったことが、不意に悔しくなる。

ところが、お母さんは?と言われたみゆきは、急にしょぼん、とうなだれた。
<あのね…、お仕事するとね、ママ…すごく疲れるんだって。今、別のお部屋で寝てるの。お熱あるんだってパパが言ってた……>
「…なんだって……」

常にオープン状態を保っている、このサイコキネシス変調波。
通常のスーパータキオンネットワークであれば、タイムラグなしのダイレクト通信が可能なのはせいぜい5千光年。
リレー衛星を中継してもこの2万7千光年彼方に届くには、2日強かかるのが通念である……
それを思えば、いかにみゆきのESPが強いかが分かるというものだった。
サイコキネシスを喪った今のテレサにとって、それを中継して通常電波に乗せる、という作業は想像以上に負担になっていたのだろう。

次郎の懸念は最もだ、という顔で真田が割って入った。
<…現時点では、私の作ったスクリプト解析機でテレサの担っていた作業を肩代わりしている。ただ、彼女がいないとこちらからの精細な策敵や座標の割り出しまでは不可能だ。テレサが席を外している間は、この通信波の利用は音声と画像の送受信だけに限られる。…万が一戦闘が始まったら、即刻、連絡をくれ>
出来る限り、テレサを休ませてやりたいのだ。 
そうも真田は言った。
<だがね、みゆきちゃんが思いのほか優秀なんだ。我々は再び新たなオーバーテクノロジーの恩恵をあの子から受けているんだよ……>
さすがに君の姪だけあるな、と真田は付け加えて笑う。

(?……長官、いつになく楽しそうだな)
3つになったみゆきと、8つの古代美雪、大男のいかつい真田。その3人が楽しそうに笑いながらあのコマンダーブースにいる図がどうにも次郎には思い浮かばなかったが、それでも現在、科学局はそのトリオのお陰で前代未聞の快挙を更新中なのである。


<……じゃあ みゆきちゃん…パパとママによろしくな。…頑張って>
テレサのことは心配だったが、呼び出すわけにはいかないと諦めた。
防衛会議の決定はまだ出ない。可能な限りゆっくりと、テレサには休んでもらわなくては。
<うん!!次郎さんも頑張ってね!!>
「……帰ったらみんなでお祝いパーティしよう。プレゼントは何が良いか、考えておくんだよ?>
<わーーーいっ、やったぁ!!>
苛立ちを吹き飛ばすようなみゆきの笑顔に送られて、次郎は通信を切った。



……テレサ。
疲れて寝ている、と言っていた… 
愛しいひとを、こんな戦渦に巻き込んだことを悔む。

(俺がアマールなんかを移住先惑星に選ばなければ……、あなたをこんなに苦しめることも無かったんだ)
不意に、涙を浮かべて「あなただけは無事に生き存えて欲しい」と言ったイリヤの顔が頭をよぎる。
巻き込みたくない。イリヤはそうも言った……

愛してしまったから

(冗談じゃない…)
次郎はもう一度、大きく頭を振った。
違う。俺が愛してるのはテレサだけだ。
例え彼女が、永遠に手に入らないひとだとしても——。




*          *           *




戦闘配備を進める第一艦橋から、木下と長津、そして守とアナライザーは、再び工作室へとベルトウェイを戻っていた。

終始色とりどりのランプを点滅させていたアナライザーだが、第一艦橋でのやり取りの間はまるで口を挟まなかった。そのことを、長津が野次る。
「おいアナライザー、さっきは随分大人しかったな。珍しく黙ってたじゃないか」
「艦長より自分の方が権限は上だ、なんて言ってたくせに」
「……………」
アナライザーは無言である。
「フン、どうせ俺たちを見下してるんだろ」と木下が鼻を鳴らすのにもおかまいなしだ。

実を言えば、先ほどからずっとアナライザーはアンテナを高く伸ばしてヤマト上空の哨戒を自主的に行なっていたのだった。第一艦橋では古代だけがそれに気づいたようだが、彼とてアナライザーが自主判断で行う分析の一つ一つを把握しているわけではない。
もっとも古くからのヤマトクルーなら誰でも、アナライザーがそのロボットとも思えない第六感で艦外の異常反応を自主的に分析し始めることは知っていた。だが、新しいヤマトのクルーたちにはそんなことは想像もつかないのだ……

「班長、俺、念のためにバリアミサイルの格納庫で待機してます」
「ああ、頼む」
バリアミサイルは特殊砲弾なので、使用時には基本的に工作班のチェックが入る。今でこそ、シールド状のレーザーを360度自在角に照射展開する形に進化したが、このバリアミサイルの原型はディンギル戦役で工作班長の真田が開発した「ハイパー放射ミサイル防御ビーム砲」だったからだ。

長津が手を振って後方へ消えるのを見送り。
木下はちょっと心配そうに守を見下ろした。
「守君。さっきは、よく自分を抑えたな。偉かったぞ」
「………そう…かな」
「艦長もきっと、君の態度に救われる思いだっただろうね…」
「お父さんが?」
「ああ」

この伝説の船の艦長を務める事自体、想像を絶する任務だというのに。その上こんな小さな息子の前でその威厳を保つのは、並大抵のことじゃないだろうな、と木下は肩を竦めた。
守は、まだ割り切れない…といった顔で床に目線を落している。

小を殺して大を生かす。
生き延びるために、誰かを犠牲にする……
これは戦争なんだから、…しょうがない。
……でも、守にとって目の前でそう決断しようとしている艦長としての父親の姿は、少なからずショッキングだったのだ。

木下は、守の背中をぽん、と叩いた。
「元気出しなよ。……じき戦闘が始まる。…ドンパチ始まったら、自分で自分の身体は守るんだぞ。ぼーっとしてる暇はないぜ。部屋に入って身体をどこかに固定すること。いい?ヘルメットとプロテクターもだ。着け方、分かってるね?」
「うん」
「よし」
子ども用にあつらえたヘルメットもプロテクターもヤマトには載せられていなかったが、それを航海中に作ってやったのが、彼ら工作班だった。

工作室は艦体中央、ほぼど真ん中に位置している。医務室ともほど遠くない場所だ… CICやメインコンピューターと同様、医務室や工作室は優先的に最も被害を受けにくい場所にある。
それでもミサイル着弾の衝撃波やそれによる室内什器の飛散などで怪我をすることは充分に考えられた。
木下は佐々木美晴から「このコをお願い」と押し付けられたのだが、時間が経つにつれて彼自身、自分が存外子どもの相手をするのが好きなのだと分かって来たところである……
この子にぺったり貼り付いている赤い分析ロボットが、敬愛するかの真田長官の相棒としてヤマトのすべての航海に同行していたことも、彼に取っては高ポイントだった(だが、そのロボット自身は可愛げ無いことこの上なかったが)。


「木下さんはまた上(第一艦橋)に戻るの?」
「ああ」
「…気をつけてね」
「心配するなって」
ぐっと親指を立てる。
だが、秀才肌の木下は「猛者」という感じには見えなかった。男の人なのに何くれと面倒見が良い所や、髪の毛を奇麗に梳かして撫で付けているところとかが島さんや真田さんに似ているな、と守は思う。

じゃあねと背を向ける木下に手を振り、守が工作室のオートドアを開けた瞬間——

アナライザーが、やにわにアンテナを高く伸ばした。
「…!上空ニ強イ敵意ヲ感ジマス」
「え?」


グワァアアァァアァンンン………


どこか遠くで、大気を揺るがす音が響いた。


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