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 RESOLUTION ll第4章(1)
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「艦長!アマール首都上空20万キロの宙域に、宇宙要塞らしき大規模反応を確認しました!」
「……!! 中西、パネルに投影!」
「はっ」

パスカル将軍が、僅かな自軍の艦隊を引き連れてその宙域へ向かっているはずだ。
おそらく今、緊迫した状況の中彼らはその要塞に相対している……  
だが、中西が手を尽くしても、その鮮明な映像は取れなかった。
タキオン粒子のレーダー波が届かないのか、何らかのジャミングが行われているのか。

「……(くそ…)」
身動きできない自分に、古代は歯噛みするしかない。一触即発の危機に、このヤマトが…この俺が何もできないとは。



第一艦橋へ呼び出された班長たちには、イリヤとの接見で話し合われた内容が手短に報告されていた。

アマールに対して、連合国トップからの制裁攻撃が次期予想されること。
そしてヤマトはその戦闘に介入しないようにと要請されたこと——。
だが、上空に飛来している未知の巨大要塞は、女王イリヤとパスカル将軍の話を総合するならば間違いなく、地球の移民船団を壊滅させた者たちの物だということだ。
それが分かっていながら、弔い合戦にも出て行けず、話し合いの場すら与えられず。
これ以上の犠牲を望まぬのならば手を引け、と言われ。


「……我々がどう対処するべきか、現在地球防衛軍本会議にて諮問中だ。
…今しばらく、戦闘配備のまま待機する。機関部、操縦班は出航準備を進めてくれ」
いつになく難しい顔でそう切り上げた古代は、その時初めて第一艦橋の隅にいる息子の顔に気がついた。工作班長の木下の後ろに半分隠れるようにして、守がこちらを心配そうに見つめている。

古代の報告を呆然と聞いていたクルーのうち、小林だけが慌てて気を取り直し、怒鳴るように問い掛けて来た。
「あいつが…、移民船団をやった奴らが近くに来てるっていうのに、放っておけって言うんですか…!? その上、…この星が攻撃を受けても、ただ見ていろ、って?!そうじゃないっすよね?…古代艦長!!」

小林の問いかけは、クルー全員の胸の内に等しい……
だが古代は目を伏せて答える。

「…イリヤ女王は、3億の地球連邦市民たちを死に追いやったことに深く責任を感じている、と言っていた。地球人類にこれ以上の犠牲を出さないために、アマールを盾にしてもかまわないとまで申し出てくれている。……しかし」
だからといって、アマールの人々が制裁攻撃を受けるのを、黙って見ているのは、本意ではない。
そう言いながら上げた古代の目の端に、守が深く頷く姿が映った。
木下が守に袖を引っ張られ、「ん?」という顔で身を屈める。
守が何かを耳打ちしているようだ。

「艦長、発言してもよろしいでしょうか」
向き直った木下を、守は昂然と見上げている。
「…話せ」古代に代わって大村が許可を出した。
「専守防衛を貫いて、アマールの街を守ることは出来ないんでしょうか?アマール軍を支援するのではなく、あくまでもあの街や市民たちに被害が及ぶのを阻止する目的で介入するのであれば…!」

バリアミサイルは全弾が未使用です。
あれを、首都上空の防御として発射・展開するのであれば、武力介入とはならないのではありませんか?
そう続けた木下に、小林が「たまにはいいこと言うじゃんか」とばかりに白い歯を見せた。
だが年長の徳川が、大村が、難しい表情で小さく首を振る… 
相手は地球人じゃないんだ。
こちらの見識が通用するとは限らない。ミサイル一発発射しただけで、たとえそれがバリア目的であれ、武力介入だと誤解される可能性が大いにある。

「——あくまでも、敵ミサイルを首都上空に捕えたら、の話です。こちらからは攻撃はしませんが、バリアを張ることは出来ます」
いや、僕たちだってそのくらいのことはしなけりゃ…! 
「……犠牲になった地球の移民たちも、ここの市民たちも、同じ生きる権利を持ってるんです。軍人として自分は、どの星の人であれ… 一般市民を見殺しにすることはできません!」

食い下がる木下の言葉を聞いて、その横に突っ立っている守が大きく頷いた。
小林が、上条が、桜井が、折原が… 
その意見に同感、といった顔で艦長席を振り仰ぐ。
——だが、古代は即答せずに再び目を伏せた。


ややあって… 皆の視線の集まる中。
古代はゆっくりと口を開いた……

「——防衛会議の結果が出るまでは…独断で動くことは出来ん。総員…第一級戦闘配備のまま待機。
機関部はエンジン始動準備、操縦班もそのまま待機だ。
……我々の行動が、今後のすべての鍵となる。歯がゆいだろうが、今しばらく…堪えてくれ」

小林がもう一度何か怒鳴ろうとして、桜井に腕を掴まれる。
古代がそれから目を逸らすと、木下の制服の袖をぎゅ、と掴んでいる守と目が合った……

(すまん…)

正義を貫いて欲しいと、そう懇願する幼い瞳に謝る。   
艦長としての自分と、父親としての自分では、当然物事に対する向き合い方が違う……

(守。お父さんを…不甲斐ないと思ったか…?)
 

大人の事情で、簡単には目の前の正義を貫くことが出来ない。
そんなこと、まだ10歳のあいつには分からないだろう。
ここで守を呼び寄せて、本当は自分がどう考えているのか言い開きしたい、と思う… 
だが、皆の前でそんなことはしていられなかった。
(お父さんだって、アマールの人たちを見殺しになんかしたくない。木下の言う通り、犠牲はもう沢山だ。…だが、ここでアマールに加担すれば、残された地球人類は自動的に大ウルップ連合という大きな敵を作ることになってしまう… お父さん独りでは、決断できないんだ)

じっとこちらを見つめる守の視線から逃げるように、古代は艦長室へと指揮席を上昇させた。

「…お父さん!」
父を呼び止めようと一歩踏み出した守を、木下が軽く引き止める。
「……仕方が無いよ。艦長だって苦しんでるんだ」
解れ、ったって、子どもには、酷だよな。
中西が守の声に振り向いて、困ったように溜め息を吐いた。
「……畜生っ」
小林が操縦席のヘッドレストに拳を叩き付ける。

真帆、桜井、そして上条も郷田も複雑な心境に囚われた。
自分たちも、気持ちの上ではともかく……艦長の判断を理解しないわけではないのだ。
「そのまま待機」とだけ言って艦長室へ消えてしまった古代に対し、真っ先に文句を言おうと深呼吸した小林でさえ、守の呼び声にそれを思いとどまった。

「お父さんは…、本気でこの星の人たちを助けなくていい、って思ってるの…?」

目線にしゃがみ込んで自分の肩を優しく叩いた木下に、守はぼつりと呟いた。
お父さんは、行方不明の移民船団の人たちを探しにも行かない。
その上ここの人たちまで、見捨てるの…??
「いや、それは…」「そんなはずねえーだろ!!」
木下の声と、勢い余った小林の怒鳴り声が被る。
「だって、ヤマトは何もせずに待機、って…」
「ああ、そうだけど」
お前な、いきなり割り込んでくんなよ…、と不服そうな木下の横に仁王立ちになり、小林は守を見下ろした。

「おいチビ。お前の父ちゃん、案外石頭だよな!あれが昔、単艦突撃で有名だったヤマトの戦闘班長かよ!」
「ちょっと小林君!?」
真帆が慌ててそばにすっ飛んでくる。
何とんでもないこと口走ってるのよ、艦長の息子さんに!
小林は、自分の肩口を掴んで睨みつけた真帆に、にやっと笑ってみせた。
「チェ、うるさいな、…分かってるよ。……艦長が正しいんだ」
「えっ」
守と真帆が、同時にそう言った。

「チビ。…どうにも煮え切らねえけどな、古代艦長が言ってることは間違ってねえんだ。クソ、俺もムシャクシャしてたまんねえよ、移民船団の恨みを晴らしてやりてえよ!俺の兄貴もやられたんだからな、あいつらに。——それでもさ…」

上条が、桜井が、うなずきながらそばにやってきた。
「…そうだ、…今、ヤマトはものすごく複雑な事情のまっ只中にいるんだ。俺たちだって、これ以上誰かが傷つくのを黙って見ていたくはないさ…」
「だけど、うっかりアマールに加担したら…地球が今度はもっと大きな勢力を敵に回すことになっちゃうんだよ」
「…そうね」上条と桜井に続けて、真帆も頷いた。
「ヤマトだけでは、地球のスタンスを決めることはできない。これ以上、地球にいる他の人たちを巻き込むことはできない…」

それぞれが、まだ幼い守にそう言い聞かせることで、自分の心の…、精神のバランスを取っているのだと自覚していた。

若者たちが守を取り囲んで口々に言っているのを見ながら、年長の大村や徳川も胸のつかえが取れたような気分になる……
まだ10歳の息子を戦いの旅に連れて来た艦長を、無謀だと批判する気持ちも無くはなかった。だが、まだ真っ直ぐな、汚れていない心の持ち主がこの場にいる——その事実が、若いクルーたちにとって思いもよらぬ励みになっている。それを否定する気になれた者は、一人もいなかった。

(子どもの前で、赤信号を渡れないのと似てますね)
徳川が、肩を竦めた。
(?… はは、なるほどな)
言われて大村が微笑む…… 
頭に血が昇っても、性急な判断を下す姿を見せるわけにはいかない、…か。

当たり前の自制心を働かせること、大人としてすべきこと、大局を見る大人の目を持つこと……若いクルーたちは守がそこにいたからこそ、その重要性を我知らず肝に命じることが出来たのだろう——。

*          *          *


しかし……
守を囲んで、「お父さんを信じろよ」などと言っている若者たちを見ながら、次郎は一人、相変わらず黙り込んでいた。

戦闘が始まろうとそうでなかろうと、戦闘員ではない自分には出来ることはあまりない。
防衛会議の結果が出るまで、いずれにせよ誰も動けないのだ。
担当通信機の送受信状態が中西の管轄で良好に機能しているのを確認し、次郎は自席を離れた……「ちょっと休んで来ます」と大村に会釈し、オートドアをくぐる。


——馬鹿げてる。

改めて頭を振った……こうすれば憑き物を落せる、とでも言うみたいに。
<あなたを… 愛してしまったから…>
そう言った女王の目が、頭にちらついて離れない。
(馬鹿げてるぞ……!)
俺を、愛してる、だって…?

何年も前、惑星外交官としてこの星に来た時のことが甦る。あの時は、当然半分からかわれているのだと思った。だがそれでも、女王に自分が気に入られて、それで移民交渉がスムーズに運ぶのならまあ悪くない、なんて軽く考えた…… 

なのに、さっきは… あの人…あんなに悲しそうに… 
……泣いていた。

(冗談じゃない!!)
うっかりイリヤに情が移りそうになっている自分を慌てて叱咤する。
俺が好きなのはテレサだけだ。
この想いが絶対に報われないとしたって、それでも……


無意識…、というには無理がある。
我知らず、とも言い難い。
……次郎がとぼとぼと足を向けたのは、数分であれば地球とのプライベート通信が可能な<通信室>だった。
兄の大介が、時折守に当ててここへプライベートな通信を寄越しているのは次郎も知っていた。科学局直通の専用回線がひとつあるのだ。
テレサは、科学局で兄と真田の補佐を務めている。通信には彼女は出ないかもしれない…そんなことは承知している。だがそれでも、愛しい彼女の顔をモニタ画面のどこかに見られたら…と、次郎はそう思ったのだった。



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