RESOLUTION ll 第3章(4)
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この宇宙に…今また、未知の恐怖が席巻している。
 
科学局のコマンダー・ブース。眼前に広がる全方位マルチスクリーン、連なるモニタ群。
そのただ中で静かに闘う、真田長官と自分——。
 

移動性ブラックホールは依然、地球を目がけて真っ直ぐに進んでいる。
そして今、古代たちが対峙している、大ウルップ連合軍。
その全てを、みゆきとテレサの<能力>に頼って、我々はこの場所から“知ろう”としている。

(だけど…。今度こそ、君たちにばかり頼らずに、俺たちの手でやり遂げたいんだ)

——それは、大介にとっても長い間の悲願だった。


戦士として愛する人を護るべきこの自分が、彼女の命と引き換えに護られて生き延びた…… 
今に至ってもその残酷な記憶は、ずっと忘れ得ぬ苦い思いとなって大介の心に残っている。
それに追い打ちを掛けるように起きた、イスカンダルの消滅とサーシャの死。

君に護られて生き存えた俺。
サーシャの犠牲の上に救われた古代、…そして真田さん。
君も、サーシャも、<地球のため>なんかじゃない……<俺たちのために>地球を救おうとしてくれた。


(俺は、君にもう一度逢えた。…それでも、あの時の苦悩は生涯消えることはない……)

まして、もう2度とサーシャ…澪に逢うことの出来ない古代や真田さんは……尚のこと。
あの「真田志郎」が、己の頭脳の生み出す科学(きせき)だけでは太刀打ちできない領域で、
再び君たちの<能力>に助けられている。彼の思いを、その無念を痛いほど背に感じながら、
大介とて再びこの超常の力に頼るままにしておけるはずが無かった。

だが、何としてでも協力したいと言うテレサの気持ちも、痛いほど分かる。

黙ってただ見ていなさいと、そう言い渡してしまったら彼女の気持ちが行き場を失う……
だから大介は敢えて言ったのだ、…いざと言う時にはきっと君の力が必要になる、だから
それまでは休んでいて欲しいんだ、と。
だが、大介の心中にはある決意が生まれていた。


——今度こそ君に頼らずに、君の…君たちの力に頼らずに。
俺の手で、やり遂げる。君とみゆきを、この自分の手で護る。
その、覚悟である……

大介がことにそう強く思うようになったのは、今から数年前——初めて娘のみゆきに
<テレパス能力がある>と聞かされてから、だった。




——記憶は、しばらく前に溯る……

緑に囲まれた木造二階建てのテラスハウス、彼女と3年を過ごしたスペース・コロニー<エデン>。
暖かな陽射しの差し込むリビングで、テレサは「ごめんなさい」と俯いた——。
 
 
 
 
 
 
 
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「……それは…本当なの?」
黙って俯いたテレサの唇が、戦慄いたように見えた。
「いつ?いつこのことに気がついた…?」
「…はっきりとわかったのは、少し前です」

<エデン>は、宇宙のただ中に浮かぶ実験コロニーだった。惑星外環境のもと、膨大な宇宙線に晒される
コロニー内部には、それを遮蔽するための措置が幾重にも施されている。有害な放射線を遮ることに関しては、
地球上のどの場所よりも完璧に、過剰なまでに配慮がなされていた。だからなのだろうか…? 
かつてテレサも、このコロニーで栽培される植物の<声>を聴いたことがあったのだった。

市場で買って来た、おみやげの木彫の小鳥に命を与え、空へ飛ばした一人娘のみゆき。

——みゆきはそれを、私の求めに応じてもう一度、命の無い木彫の小物へと変えて見せたのです。
苦痛を吐露するようにそうテレサは言った。
「……本当は…… それより前に何度も、私の頭の中に話しかけて来たことが
あったのですけれど…… まさかこの子が、あれほど強いESPを持っていたなんて…」

大介は、自分の膝の上でスヤスヤと眠る娘を見下ろした。
夜泣きもせず、一日中よく眠り、零歳児なのに驚くほど聞き分けが良い… みゆき。

不思議なくらい手のかからない赤ちゃんよねえ……。

小枝子が感心して何度もそう言っていたことを思い出す。
単に、母親(テレサ)の精神状態が安定しているから子どももぐずらないのだろうと、なぜだか安直に
そう思っていたが、そうではなかったのだ。
まるでこちらの話が分かってでもいるような、賢い眼差し。
時折、相槌を打つかのように見せる笑顔…。
あれもただの親の欲目だけではなく、本当にこちらの話が分かっていたから、見せた笑顔だったと
いうことなのか——。

「……ごめんなさい…… ずっと、黙っていて…」
事実なのだとは、信じたくなかったのです。…だから。
うなだれたテレサの頬に、光るものが零れ落ちた。


あの能力は、遺伝ではない。テレサ自身が、それを鮮明に記憶していた。いわば自分は突然変異。
あの星の造物主が惑星テレザートに与えた時代の忌み子、運命の終止符であったのだ……と。
それでもずっと彼女は不安がっていた、自分の能力が我が子に受け継がれてしまうことを…。

テレサにESP能力が無くなった原因は、彼女が一度脊椎周辺を負傷し全血を入れ換えたことと無関係では
あるまいと思えたが、医学的根拠など到底分かるはずもない。
ただでさえ地球人の大介と自分との生物的差異に苦しんでいる彼女に、これ以上心理的負担をかけたくはなかった。
そう思った大介は彼女に向かって穏やかに笑いかけた……
このことを一番恐れ、そして苦しんでいるのはテレサ自身なのだから——。


「……そうだったんだ。いやにみゆきと気持ちが通じるなあ、って思ってた。
はは、ただの親バカだと思ったけどそれだけじゃなかったんだね」

すごいなあ、…そうか、みゆき。
パパの言ってることが、お前には全部ちゃんと分かってたんだね……!

なぜ黙っていた、となじられるとでも思っていたのだろうか。テレサは恐る恐る目を上げて、大介を見つめた。
「……島さん」
「俺が…怒るとでも思ったの?」
「だって……」
そんなわけないじゃないか。
みゆきを抱いていない方の腕で、テレサを抱き寄せる。

少なくとも、<エデン>にいた頃は…太陽系は平和だった。
このコロニーに居さえすれば、テレサは安全にゆったりと子育てが出来た。
みゆきの成長は地球人の子どもに比べてとてもゆっくりしていたから、この子が他の子どもたちと遊びたいと思うように
なるまでにはまだ随分時間がある…… それまでは、親子3人でここにいればいい。何の心配も要らない。
「……君だって、ある程度自分の能力を操れただろう?大丈夫さ、みゆきにもきっとそれができる」
「…でも」

テレサの能力は膨大だった。
制御不能となったPKが呼び出す『反物質』は、彼女の体外へ放出されると同時に対消滅を起こす。
その威力は核融合どころか、数十基分の波動炉心をも凌ぐ出力を計測する……。
かつて、彼女の故郷の惑星を死の星に変えてしまったのがその<ちから>だった。
だが、安らかに眠るこの娘に、同様の未来が待ち受けているなどとは、絶対に思いたくない。

それ以来、大介は漠然とではあるが決意していたのだ……

地球人としてのこの自分の存在は、確かに僅少なものに過ぎない、
だとしても。
——今度こそ俺の手で。
テレサとみゆきを、夫であり父であるこの自分の手で護りたい、と。




仮眠室のベッドで、大介の手を握りしめたまま浅い眠りに落ちたテレサ。その頬にかかる髪を、
彼はそっと後ろへ撫で付けた……

(……君と… みゆきを守るために、今の俺が出来ることは…)


頭の中で、万一のために自分独りでも稼働できる無人機動艦の数をもう一度数える。

この科学局からでも操作できる戦闘巡洋艦が、月軌道上に12隻。
月と地球とのL2中間点<ラグランジェ恒久軌道基地>に最新型が2隻。
攻撃火器が波動砲だけに特化された、ブルーノア2220型の無人機動戦艦がある。
それら2隻はまだプロトタイプであるために、残念ながらラグランジェ基地からしか操作が出来なかった。
だがその2隻に搭載された6連装のホーミング拡散波動砲は、地球の最後の護りとなるだろう。

その2隻の操作について権限を持っているのは、元無人機動艦隊極東基地司令の自分と、
現月面無人機動艦隊基地司令である徳川太助の2人だけだった。
自分と徳川だけが、連邦大統領の許可を得ずともその波動砲4門計12発の攻撃指令をブルーノア各艦へ下すことができる。
だが、現在徳川は、古代の率いるヤマトに搭乗してこの太陽系から遠く離れた場所にいるのだ。

——迫り来るブラックホールか、
アマールでヤマトが直面している新たな恒星間戦争の危機か。

そのどちらが地球の最後だとしても……
万が一の場合には、自分が単独でラグランジェ恒久軌道基地へ赴き、地球の盾とするべくあの2隻を出動させる。


(今度こそ、俺が…。この手で君たちを護る)


迫り来る大艦隊や、あのブラックホールをたった12発の波動砲ごときで押しとどめることは
きっと出来ないだろう、とも思いつつ。それでも、このちっぽけな自分からすれば恐るべき威力を誇るあの科学の粋に、
一縷の望みを託そうと決意して。
大介はもう一度、眠るテレサの白い頬を、そっと…撫でた。
 

 

一方……2万7千光年を隔てた、かなたの星の上。

眼下にレンガ色の素朴な街並を望む女王の宮殿のバルコニーに、島次郎と女王イリヤその人は佇んでいた——。
眼下の光景は、中東の街並にどこか似ている。文明の進んだこの星にそぐわない、未開発な印象の粗末な家屋、
満足に舗装もされていないと思しき道路、道往く裸足の人々の姿。貧しくても平和そのものの、アマールの首都。

だが、双眸に映っていても、次郎はその光景を見てはいなかった……
彼と並んで立つイリヤが、苦い沈黙に肩を強張らせる。



「…結局、あなたは……」
——女王陛下。
あなたは、最初に出会ったときから僕たちを、あなた方の戦乱の渦に巻き込むつもりだったのですね?
並んで立つイリヤに向けて言いかけたその言葉を、次郎は飲み込む。
磨かれた大理石の手すりに乗せられたイリヤの左手が、ピクリと震えた。
イリヤは、責めを受けるのを覚悟しているのだ。
「…………」
一部始終を話し終えた女王は、申し訳ありません…、と聴き取れないほどの声で呟いた。
地球の移民船団が襲われた場所からは、命からがら逃れたと思しき移民船も数隻だが存在すると分かっている。
しかし、アマールの観測技術ではその行方を追うことすら、出来ないのだった。


太陽系第三番惑星<地球>は、この恒星系の大ウルップ連合国から見れば、幾つもの惑星間国家から
もたらされた『超科学』を保有する、惑星軍事大国であった。

その地球人類が、連合国トップのSUSに対するクーデターを水面下で画策するアマールへと移住してくる。
……とすれば、連合から見ればそれは恐るべき脅威となり得るのだ。
イリヤはそれを承知で、その事実を地球側に隠蔽したまま、地球人類を招致しようとしたのである。
アマールは未だ、連合に対して反旗を翻してはいないが、SUSは無論それを許さず…
地球の移民船団に対し先んじて刃を向けた。——それが、この無惨な出来事の顛末であったのだ。

最早現段階においては、<地球>が採るべき選択肢は二つにひとつ。

3億の犠牲のための弔い合戦と銘打って、大ウルップ連合を相手取るクーデターに加わり
アマールと共闘するか…… 消滅すると分かっている地球に逃げ戻り、宇宙を彷徨う大移民船団となるか。

(こんなことになってしまった原因のひとつは、この俺だ……)
——何年もの月日をかけて、己の頭脳を信じて邁進して来た末が、この結果か。
次郎は我知らず口の中を噛んだ… 血の味がして、それに気がついた。
これほど己に絶望したのは、初めてだった。

そして、例のあの…カスケードブラックホールである。

当初地球からでは発見できなかった移動性ブラックホールだが、実はこの恒星系ではずっと以前に、
あの天体の動向を把握していたというのである。
惑星消滅の危機を知った地球人たちは、遠からずどこか他の惑星に移住を決めようと動き始める。
そのことも、もう随分以前から大ウルップ連合では認識していたということになる……
SUSを初めとする大ウルップ連合では、地球がアマールへの移住を打診して来た当初から、
地球人類によるこの恒星系の<侵略>を懸念していたというのだ。
あまりにも奇妙なその符合には、依然解消しようの無い謎が残る……それは確かだ。が、それ以上に。

「……僕たちが、地球人類がこの星系を侵略しようとしているだなんて。どうして…そんな…」

よりによって。
そんな流言が飛び交って、この星系の12もの星々が地球を排除しよう、と動き始めていたなんて。
そしてあなたはそんな中、地球の武力をこの星のクーデターに利用するため、僕たちに衛星プラトーを進呈しよう、と言ったのだ。

その策中に,まんまと嵌った……
責めを負うべきは、…やはり、…俺だ。


「…島さんのせいではありません」
まるで聞いていたかのような声。イリヤはうなだれた。
「あなた方を…いいえ、あなたを騙したのは、私なのですから…」

騙した、と。

女王の口からそう聞かされ、次郎はやにわに頭に血が昇るのを感じた…… 
3億の犠牲。むざむざと彼らを死に追いやったのは、騙されたこの自分……

拳を握りしめた刹那、背後の部屋の扉が荒々しく開かれた。


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