一方……2万7千光年を隔てた、かなたの星の上。
眼下にレンガ色の素朴な街並を望む女王の宮殿のバルコニーに、島次郎と女王イリヤその人は佇んでいた——。
眼下の光景は、中東の街並にどこか似ている。文明の進んだこの星にそぐわない、未開発な印象の粗末な家屋、
満足に舗装もされていないと思しき道路、道往く裸足の人々の姿。貧しくても平和そのものの、アマールの首都。
だが、双眸に映っていても、次郎はその光景を見てはいなかった……
彼と並んで立つイリヤが、苦い沈黙に肩を強張らせる。
「…結局、あなたは……」
——女王陛下。
あなたは、最初に出会ったときから僕たちを、あなた方の戦乱の渦に巻き込むつもりだったのですね?
並んで立つイリヤに向けて言いかけたその言葉を、次郎は飲み込む。
磨かれた大理石の手すりに乗せられたイリヤの左手が、ピクリと震えた。
イリヤは、責めを受けるのを覚悟しているのだ。
「…………」
一部始終を話し終えた女王は、申し訳ありません…、と聴き取れないほどの声で呟いた。
地球の移民船団が襲われた場所からは、命からがら逃れたと思しき移民船も数隻だが存在すると分かっている。
しかし、アマールの観測技術ではその行方を追うことすら、出来ないのだった。
太陽系第三番惑星<地球>は、この恒星系の大ウルップ連合国から見れば、幾つもの惑星間国家から
もたらされた『超科学』を保有する、惑星軍事大国であった。
その地球人類が、連合国トップのSUSに対するクーデターを水面下で画策するアマールへと移住してくる。
……とすれば、連合から見ればそれは恐るべき脅威となり得るのだ。
イリヤはそれを承知で、その事実を地球側に隠蔽したまま、地球人類を招致しようとしたのである。
アマールは未だ、連合に対して反旗を翻してはいないが、SUSは無論それを許さず…
地球の移民船団に対し先んじて刃を向けた。——それが、この無惨な出来事の顛末であったのだ。
最早現段階においては、<地球>が採るべき選択肢は二つにひとつ。
3億の犠牲のための弔い合戦と銘打って、大ウルップ連合を相手取るクーデターに加わり
アマールと共闘するか…… 消滅すると分かっている地球に逃げ戻り、宇宙を彷徨う大移民船団となるか。
(こんなことになってしまった原因のひとつは、この俺だ……)
——何年もの月日をかけて、己の頭脳を信じて邁進して来た末が、この結果か。
次郎は我知らず口の中を噛んだ… 血の味がして、それに気がついた。
これほど己に絶望したのは、初めてだった。
そして、例のあの…カスケードブラックホールである。
当初地球からでは発見できなかった移動性ブラックホールだが、実はこの恒星系ではずっと以前に、
あの天体の動向を把握していたというのである。
惑星消滅の危機を知った地球人たちは、遠からずどこか他の惑星に移住を決めようと動き始める。
そのことも、もう随分以前から大ウルップ連合では認識していたということになる……
SUSを初めとする大ウルップ連合では、地球がアマールへの移住を打診して来た当初から、
地球人類によるこの恒星系の<侵略>を懸念していたというのだ。
あまりにも奇妙なその符合には、依然解消しようの無い謎が残る……それは確かだ。が、それ以上に。
「……僕たちが、地球人類がこの星系を侵略しようとしているだなんて。どうして…そんな…」
よりによって。
そんな流言が飛び交って、この星系の12もの星々が地球を排除しよう、と動き始めていたなんて。
そしてあなたはそんな中、地球の武力をこの星のクーデターに利用するため、僕たちに衛星プラトーを進呈しよう、と言ったのだ。
その策中に,まんまと嵌った……
責めを負うべきは、…やはり、…俺だ。
「…島さんのせいではありません」
まるで聞いていたかのような声。イリヤはうなだれた。
「あなた方を…いいえ、あなたを騙したのは、私なのですから…」
騙した、と。
女王の口からそう聞かされ、次郎はやにわに頭に血が昇るのを感じた……
3億の犠牲。むざむざと彼らを死に追いやったのは、騙されたこの自分……
拳を握りしめた刹那、背後の部屋の扉が荒々しく開かれた。
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