RESOLUTION ll 第3章(5)

*******************************************
 

 

 

 
 
 
「…イリヤ陛下っ!!」

…何事です、無礼な…!
振り向いてそう言いかけた女王は、飛び込んで来たパスカルの形相に息を飲んだ。

「上空に、SUSの次元要塞が来ています…!ベルデルとフリーデからは依然回答がありません。
 メッツラーから…最後通牒が届きました!」
「メッツラーが……!」

ああ、と絶望的な溜め息を漏らした女王に、次郎は躊躇いながら問い掛けた…
「最後通牒…?」
だが、怒鳴るようなパスカルの声に遮られる。
「陛下、時間がありません!私は第一艦隊を率いて次元要塞の攻撃阻止に向かいます。兵たちに都上空の警護を
お命じください!!市民たちには緊急に地下シェルターへの避難勧告を!!」

パスカルは、その時初めて女王の傍に、見覚えのある地球の歳若い外交官が居ることに気づいた。
褐色の頬が苦々し気に引き攣る。

「…地球人よ、即刻ヤマトへ帰るが良い。もうじき攻撃が始まる。死にたくなければ、さっさとここから出て行け!」
乱暴に言い捨てると、将軍は踵を返してドアの外へ消えた。
イリヤは将軍の要請通り、急いで壁に設えられた瀟洒なパネルに指で触れ、どこかへ連絡を取るような素振りを
見せた……だが、急に振り返ると次郎に向き直って言った。

「——島さん。お聞きの通りです。これから我が星は、裏切り者として…連合最強国家のSUSと
戦わねばなりません。わたくし共にとっては自業自得……」
イリヤの唇が微かに戦慄いた。
「島さん、あなたは、…ヤマトは、ここから直ちに出発してください。
……巻き込みたくは…ありません」
「……えっ…」

ちょっと待てよ!? 次郎は焦る。
ということは、この場でプラトーへの移住の件を反古にする、ということか…?!

狼狽える次郎に応えるように、女王は目を細めた。
「…我がアマールと地球は…なんら軍事的な提携を結ぶものではない。そのことを、
彼らに報せます。ヤマトの古代艦長に伝えてください…たとえ…我が軍、我が民がすべて…
犠牲になるとしても、決して武力介入はなさらぬよう」
決然と聞こえた女王の言葉の語尾に、不意に潤んだものを感じ…
 次郎は耳を疑った。
「アマールが……あなたを、…あなた方を守ります。
わたくしたちが死してあなた方を庇えば、SUSも地球人類がただ平和裏にここへ来たがっていたのだと
納得することでしょう…そののち、あなたがた地球の代表が武器を捨て、民を連れて来てこの星に住まえばよいのです」

「イリヤ陛下…?何を言ってるんです?!」
思いもかけない言葉の連続に混乱する。
この人は、自分の星の、SUSからの独立を勝ち取りたくて、地球の軍事力を期待していた…のじゃなかったのか?


<SUSの制裁措置はアマールで受ける。地球を庇うために>……?


一体何を言ってるんだ…!?

この星がいくら女王の独裁政権だとしても、そんな無茶な!!
人民たちが納得するはずが無い、一体どういう意味なんだ……!!

追いすがり問い正そうとする次郎に背を向け、イリヤは数歩扉の方へ行きかけたが、おもむろに振り向いた——
「……わたくしを…愚かだとお思いでしょうね。けれど…」
また、語尾が滲む。
「陛下…?!」
イリヤは小さく深呼吸すると、自分を奮い立たせるように続けた。
「どうか、…すぐに出発して安全な所へ。良いですか…くれぐれもお願いします。
ヤマトは、わたくしたちの戦いに決して手出しをしないでください」
「待って下さい陛下、そんなの、訳が分からない…!!」

共闘させるためにここへヤマトを呼んだのだろうに?!
戦わずに逃げろと……なぜ!?

イリヤは金色の衣の胸元で両手を握りしめていた。
褐色の艶やかな指… 
胸の内を吐露する躊躇いにそれを震わせながら、女王は続けた。
「……島さん… わたくしは… あなたに無事でいて欲しい。
…この度のこと、わたくしを許してくださいとは到底言えません。ですけれど… あなたには」

あなたにだけは、無事に生き存えて欲しいのです……

イリヤは、頬に零れるものなどにかまわず、濡れた瞳のまま次郎を見つめた。
「あなたを苦しめたその代償として、わたくしは…国を盾にして地球の皆さんを護りましょう…」
「そ…そんな馬鹿な!どうして」
「…あなたを」

愛して…しまったから……——


「………!!」
次の刹那、次郎は金色の衣の袖が自分の首を抱きしめたことに気づいた。
短い……ハグ。
(は…?!!)

そ…

そんなこと、言われたってっ………!!
 
 
 

*    *    *
 
 
 

「不思議な景色ね……」
真帆が呟いた。

彼女の視線の先には、古代たちが向かったアマールの首都が見える。
ヤマトの後部展望台から、真帆はその方角を見つめた——
首都の向こう、地平線のさらに先には衛星プラトーが、くっきりと空に巨大な半円を浮かべている。
衛星とも思えぬほどの大きさで、それは天空に白く輝いているのだった。

(近い……。あの衛星がアマール本星の“ロシュの限界”の内側に入るのに、
あと数万年…というところかしら)
永遠、なんて……やっぱりないんだわ。
遥か未来の衛星の消滅にすら、不安になるこの心理。
……しっかりしてよ、あたし。

真帆は頭を振ると、苦笑した。



時間は少し前に溯る—— 

古代と大村、そして外交官の次郎の3人が、代表で女王に接見するためヤマトを出発してから……しばらくのち。
ヤマトの艦内では、各々が地球からここまでの航海記録の整理や、機器の修理に調整、艦内倉庫からの
部品の補充などに邁進していた。通信班と航海班は、引き続き行方不明とされる移民船団の痕跡を外宇宙に求めて、探査を行っている。
まだ、上陸は許可されていない。
指定された着陸水域は、首都の沖合数キロの湾の中心辺りであった。

今、ヤマトはその美しい、ピンと張りつめた布のような…静かな海面の真ん中に、気持ちよく浮かんでいるのだった。


真帆が停船後に定められているルーティンワークを終え、一休みするために第一艦橋後方の展望台にやってきたら、そこには先客がいた。
上条と、桜井である。
「あ、桜井君、上条君……お疲れさま」
真帆は言いながら、手すりにもたれる上条の隣に彼から2メートルほど間隔を空けて足を止めた。
窓外の空と、街を見渡す…
「不思議な景色ね…」

「あ……ああ、なんかへんてこな景色だよな」
上条が、真帆の独り言に相槌を打つ。
「プラトーとアマールの距離はかなり近い…近過ぎるといってもいいくらいだ。
今にもアマール本星のロシュ・リミットを越えそうだもんな…」
真帆は「あら」という顔で上条を見た…… 
あの大きな月、プラトーを見て上条君も私と同じように思ったのね……。
「でも、奇麗だよな、ここ」
桜井が外を眺めたままボソ、と付け足した。
うん、奇麗は……奇麗。 

だけど。

3人は、並んで展望台の手すりにもたれる——

平時だったら、こうして若い3人が美しい景色を前にくつろげば……
次に気になるのは、互いのこと…であるはずだった。

キリっとしていて、抜群の頭脳とプロポーションを誇る美人の折原。
戦闘指揮なら古代さんにだって負けない、と自信たっぷりの上条。
桜井は桜井で、自分は民間上がりなのにも関わらずヤマトの操舵を担う天才パイロットだ、という自負を持つ。
ワイルド系の上条と、知性派の桜井、才色兼備の折原……。
彼らの年齢を考えたらまだ充分、学園恋愛物語(もの)が展開できる……、そんな面子だ。

……それなのに。

3人は、黙ったまま… 都とその空に円を描くプラトーをただ眺めた。
最初に沈黙を破ったのは、真帆だった——。
……くすん…。
(えっ!?)
野郎2人は、飛び上がらんばかりに驚いた。

ななな泣いてるっ?!

狼狽え、動揺する野郎どもに向かって申し訳程度に笑顔を見せると、真帆はすん、と洟を啜って謝った……
「…ごめんね。…なんだか、…胸が詰まっちゃって。
…アマールの人たちも、あれを…地球って呼ぶようになるのかな、って思ったら……」

「あれ」。
アマールの月、衛星プラトーのことである——

いち早く気を取り直した桜井が、絶妙なフォローを入れた。
「そ、そうだよね。…あの月を…地球、って呼ぶの、ちょっと抵抗あるよね。
…無理ないよ、悲しくなっちゃったって」
上条はもう一度プラトーを見上げた。
彼自身も、妙に郷愁的になる… 
ただ、真帆の前だからと言って気の利いたことを言うだけの余裕は、上条にはなかった。
「……でも、受け入れるしか…ないんじゃないかな。
…でなきゃ、俺たち…地球から逃げただけ、ってことになっちゃうもん」

3人は、また押し黙った。
地球は、まだ……あそこにあるのに。
あの故郷を忘れて… 
この空に孤を描く新しい星を…地球と呼ばなくてはならない、だなんて。
 
 
 

*    *    *
 
 
 

その他の部署でも、クルーたちは複雑な胸中を押し隠し切れずにいた。

例によって、居住区画の休憩所では……

「…お疲れさん」
「おう」
パルサーの点検を終えた小林が、機関部に顔を出すついでにそこへ寄ると、美晴がいた。
「……医療班、大変だったみてえだな」
「いいや。それより…あんたこそ。——荒れてたって聞いたけど?」

第一次移民船団の生き残りを捜索した例の宙域では、医療班はまさに寝ずのトライアスロンだった、と聞いた。
看護師たちだけでなく美晴ももう一人の医師・武藤も、ヤマトから他の有人艦隊に出張して救助した市民たちの手当てに奔走していたのだ。
そして医務室ではまだ、負傷を押して同行した生き残りの士官たちの面倒も見ているらしい。
夜な夜な悪夢にうなされ叫び声をあげる彼らに閉口して、美晴が自室で面倒を見ていた艦長の息子も居住区に移った、という。
あの襲撃現場からこのアマールまで、ヤマトは結局、敵艦と一度も遭遇しなかった。
だが、それは疲れ切った医療班の面々に取っては不幸中の幸いだったに違いない……

「……へっ…。肉親亡くしたのは俺だけじゃない。
…もういい加減、肚が決まったよ。それより、美晴たちの方が大変だっただろ……」
「フン…あたしはねェ、血糊で滑る手術室で患者の手だの足だのくっつけて回るより、
あいつら見つけて叩きのめしてやりたかったね」

そんな言い方をわざとする美晴の気持ちが、小林には解った。
第一次移民船団が壊滅した宙域で、取り乱した自分。
方や美晴たちは消えそうな命の灯火を捜索し救助するために不眠不休の戦いを続けた。
美晴は小林の兄が現場で行方不明になっていることも知っている……
だが、それをストレートに慰めるようなこともしなかった。

あたしも悔しいよ。
あんたの兄さんの弔い合戦くらい、してやれたらね……。
そういうつもりなんだろう。


(ちぇ、俺のこと良く分かってやがる。……お前のそーいうトコ、好きだぜ、美晴)
小林はそう思ったが、うっかり口を滑らせでもしたらぶん殴られっちまわぁ、と片頬で笑う。
栄養ドリンクのパウチが「カコン」と自販機の取り出し口に落ちてくる。
…それをやおら拾い上げ。
美晴が腰かけているバーの横に、黙ってするりと腰かけた。

「……俺にも一本くれよ」
彼女のくわえている火のついていない煙草を、ちょんと突つく。
「…やだね」
無愛想な返事が一言。
小林は「ああそう」と顎をしゃくった。

俺とお前、案外上手く行くんじゃねーか?

そんな一言が口を突きそうになる。
殴られるの承知で、言ってみようか……?

「……あっち行きな。一服したら、あたしもパルサーの点検に行かなくちゃならないんだから」
「…ふーん」

ちょっとだけ考えて、小林は不意に美晴の口からタバコをひょいっと抜き取った。
「…なにすん」

ちゅ。

勢いこっちを向いたその唇に、ぶつけるようにキスをした—— 
「ぶっ、馬鹿…!!」
「へへっ」
てめ、この…!!
殴られる前に、飛び上がって逃げる。

ドリンクのパウチが、ボトン!と床に落ちた。
すぐに後ろから肩を鷲掴みにされ、小林はそのまま壁に叩き付けられる。
…が、プロテクタの入っている肩や背中には屁でも無い。

「なあ美晴ぅ」
自分の襟首を左手でねじり上げながら、右拳を振り上げた美晴の体をやおら力いっぱい抱きしめた。
どれだけ強靭なバネを持っていても、実のところ美晴コイツは小林オレの腕力には敵わない。
…どうどう、落ち着け。
何すんだ、ともがく耳元に、ぼそりと一言…、優しく囁いた——。

「…ありがとな、解ってくれて」
「…………」


阿呆か、何言ってやがるクソガキが… 
と口の中でブツブツ罵りながら、それでも彼女はにやっと笑った。
抗うのをやめ……抱きしめられるままに、小林の胸に身体を預ける。フン…生意気に…。
(……心地いいじゃんか……)


しかし。

その場所が、まったく2人っきりではない…ということに、この2人は無頓着である。
休憩所にドリンクを買いに来た何人かが、殴り合いになりそうな艦医と操舵手に気づいて
あたふたと人を呼びに行った直後、別の何人かが通りかかって2人が抱き合っているのを目撃。
抱き合っているのを見たやつらは半ば腹を立てて立ち去ったが、喧嘩だと思った方はそうはいかない。
さて、そこで呼ばれたのが偶然向こうの通路を通りがかった郷田だった。

「あっ、郷田砲術長!!大変です、小林さんと佐々木先生が殴り合いになってますっ」
「なんだって…!!」

佐々美晴に淡い恋心を抱いている郷田実は、弾かれたように身を翻し。 
愛しい人を守るため、脱兎のごとく休憩所へと駆け出した—— 

嗚呼。
 

*********************************************

 
inserted by FC2 system