ハッピーバースデー
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今日は次郎の17歳のバースデー、だった。
大介も家に居たし、だからテレサは『お誕生日』と聞いて、てっきり何かパーティでもするのかと思っていたようだ…… だが。
「なんだ、あいつ外で友達と会うって?」
「ええ、学校のお友達とカラオケ行くんですって」
「…そうか」
「ま、次郎もさすがに家族でバースデーパーティーって年じゃないわね」
母が苦笑した。
大介も、それもそうだねと頭を掻いた。どうも自分はこの手の『家族団らん』を有り難がる傾向にあるが、それは多分に、厳しかった侵略戦争時代を生き抜いて来たからであって。宇宙戦士でも訓練学生でもない弟にとっては、すでに平和と呼べる時代になって久しいこの年、いつまでも小さい頃みたいな「お誕生会」なんてものはナンセンス。そりゃごもっとも、である。
ただ。
大介も、小枝子も、そして多分次郎も。
家で誕生日を祝うということ自体に、幾許かの気まずさを覚えていたのは間違いない。
「……次郎さんのお誕生日が、5月。島さんが、8月。お母様が9月で、お父様は11月なのですね…」
雪さんは、お名前からしてきっと冬生まれなのでしょうね。12月、でしたかしら。古代さんは、7月ですよね?
12。
1年は、12ヶ月。
両手の指で数えながら、テレサは楽しそうに独り言を言っている……。 次郎が外で友達に会うと言った理由も、家でお誕生会なんてナンセンスね、と言った母の動機も、俺が積極的に誰の誕生日が何月だなんて言い出さなかった理由も、実は全部……いっしょなんだが。
でも、テレサは俺に相槌を打って欲しいんだろうな。
「そうだよ。12ヶ月」
「とても合理的な暦ですわ」
「ああ…、…そう、だな」
俺たちがこの話題をさり気なく流そうとしているにも関わらず。
テレサはとても興味を引かれた様子でカレンダーの前から離れない。
「1年を365日として……400年間に97回の閏年を置いて、
その年を366日とすることで400年間における1年の平均日数を
365+97/400=365.2425日、とする」
それをグレゴリオ暦、というのですね。地球が実際に太陽の周りを一周する平均日数が365.2425日だというのは、ポーランドの天文学者のコペルニクスという方が発見した。……700年前なのですね……
「電子機器も何もない時代にね」
「すごいですわ」
大介、あとは任せたわよ?という顔で、母がキッチンへと消えた。
テーブルには、次郎が帰って来たら一緒に食べようかなどと言って父が買って来た小さなケーキが、ぽつんと残されている。結局次郎は今夜はそう早くには帰宅しないだろうから、そんなら2人で食べちゃおうか、と大介がさっきテレサに言ったばかりだった。ケーキに手を付けないまま、大介のコーヒーはカップの中にあと僅かである……
「…ね、テレサ」
誕生日の話題なんか、持ち出さなきゃ良かった。
大介の顔に、そう書いてでもあったのか——。
テレサはこちらを見上げて、ちょっと苦笑した。
「……今、一生懸命考えているのです」
「…え?」
テレサは壁のカレンダーの方へ向き直ると、右手の人差し指でそれをコツコツと叩き始め。
(……計算してる…?)
「あの、ちょっと書くものを」
「ああ、うん」
テレサはリビングのソファに腰掛け、思案顔で大介が持って来たメモ用紙になにか書き付け始めた。
(うわ)
半分は自分の知っている地球の計算式であり。
そして半分は……見知らぬ記号と象形文字の塊。
「な……なんだい、それ」
「えっ?」
メモ用紙の中ほどまでを未知の記号で埋めながら、テレサがはっと顔を上げる。恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あの…… 私の誕生日を……地球の暦に直したらどうなるのかと思って」
「……テレサ」
そもそもが違う銀河の、違う恒星系の、違う惑星の暦を、地球の太陽暦に換算する、だって……?
それが不可能だと思っていたから、自分たちはあれだけ遠慮したのだ。
なのに……
「……できそうなの?」
「ええと…幾つかの法則を無視して、…ちょっと都合良く調整すれば、多分大体の日にちが出せると思うんですけど…」
もちろん、テレザートの暦も私が覚えているだけでも3通りありました。大陸や時代によって、使用している暦が異なっていたのです。でも、その3つを地熱の循環に合わせた共通の暦に強制的に集約し、それを……地球の太陽暦に換算すれば……
テレサの手元のメモ用紙は、奇々怪々な記号でどんどん埋まって行った。たとえばそれは、真田のラボのデスクの上にある難解な数式の羅列、のようでもある。大介だってそれほど物理に疎い訳じゃない…天文学、天体物理学もとりあえず、宇宙戦艦の航路を未知の銀河で策定できる程度には…、理解しているのだ。
……が。
(すごいな、……さっぱりわからない。半分は地球の数式なんだけど)
だが、しばらく計算を続けていたテレサはついに溜め息を吐いてペンを置いた。
「…結局は、テレザートの自転と公転の速度を再計測できない限り、正確な日付は出せませんね…」
誤差が、これだけ…出ます。
グレゴリオ歴にして、6ヶ月もの幅があった。4月から9月まで…、のどこか。
「そんなに幅があっては……特定できませんものね。少なくとも、10月から3月ではないということくらいしか分からない……」
俯いたテレサの肩を、大介はそっと抱き寄せた。
「…まあ、だとしたら、俺の誕生日をテレザートの暦に換算することも出来ないわけだよね。……お互い様、でいいじゃないか」
「………島さん」
「あのさ…」
大介は、キッチンにいるはずの母の気配を気にしながら、テレサの耳元で囁いた。
「……君と俺の誕生日は、これから先はこうしないか?」
「?」
「……結婚した日。…結婚記念日を2人の誕生日にするのはどう?」
言いながら、ちょっと頬が熱くなる。
いい思い付きだとは思ったが、いざ提案してみると少々照れくさい。
「………島さん…」
「それだと、君の今出した計算とも合うだろう?」
そう、丁度一年前の、この時期だった。
緑の美しいこの季節に、ヤマトの船上でふたりは式を挙げたのである。
テレサの唇が、なにか言いたげに少しだけ開き、震えて閉じた…
「こら、また泣く…」
思わず俯いたテレサの肩を両腕で抱きしめる。
誕生日というのは、思えばとても尊い日なんだよな、と改めて思う。
キッチンにいた母が、そっと廊下へ出て行ったのに気付いて大介は微笑んだ。
母さん。
俺の誕生日、彼女のために今後はなかったことにするけど… ごめんな、許して。母さんが苦労して俺を産んでくれた日のことは、もちろん生涯忘れない。
人が一人、命を世に受けて生まれてくると言うのは、当たり前のようでいて…だが宇宙の神秘だと真実思う。
母さんが俺の誕生を喜んでくれたと同じように、テレサにも、その誕生を心から喜んだ人たちがいたんだ。けれど彼女は今、すべてを失った。この星で新しい人生の一歩を踏み出した彼女のために祝ってやれる日が、一日くらい……あってもいいよね?
「よし、決めた」
今年から、俺の誕生日は無視。
代わりに結婚記念日を誕生日にしよう。
実を言えば、正確にテレサが何歳なのか…ということも、大介には分からないままである。真田と佐渡の意見を参考にすると、地球人年齢に換算したらテレサは大介よりずっと年上…ってことになるらしい。総寿命ももちろん、まるで違うのだろう…けれど、今は… これでいいさ。
「……あの、島さん?」
腕の中のテレサが、ちょっと待って、というように人差し指を立てた。
「ん?」
「…だとしたら、私たち…1歳ですか?」
いたずらっぽい笑顔に思わず笑ってしまいながら、大介も頷いた。
「ああ、1歳だ」
「うふふ…」
そして、笑いながら…… キスをした。
――ハッピーバースデイ……テレサ。
********************************* <おわり>