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(3)

 

 

 

 

 

 ここへ落とされてから、2週間が過ぎた。

 

 

 最初の10日間は、丸腰の不安感や潜伏活動への順応に必死で、ひたすら緊張したまま過ぎてしまった。

 毎日の日課…… 定時連絡に食事に筋トレに地形観測、そして敵の偵察衛星をやり過ごすこと。最初のうちはそれらを全部消化するのに懸命だったが、さすがに慣れてくるとそんなものはとっとと済んでしまい。他に何もやることがないとくれば退屈になり始める。

 しかもここには娯楽の類はない。

 

 

 

 保存されていた糧食を使って美味いもんが作れないかと試しにやってみたパン作りは、謎のダークマター作成に終わった。細かい廃材を利用して、ジェンガ。これは最初ちょっと上手く行ったみたいに思えたが、最後にかならず床に散らばった廃材をどちらが片付けるかで揉めるので(笑)、そう頻繁には出来ない。

 

 腕相撲?

 

「あー、何にも用意が要らないしな」

 片付けの必要もないし。2人で嬉しくなって始めたが、すぐに後悔した……… いつになっても決着がつかないからだ。

 トーチカん中でかくれんぼは無理だしなぁ。

 

 

 

 

「古代、…これ、なんか音出ないかな」

 

 外で拾った廃材のパイプだ。それをひねくり回しながら、島がふと言った。

 そうだ、あれ、お前持って来てないの?

 

「あれだよ、その……ハーモニカ」

「えっ…」

 ああ、ハーモニカか…。

「…うん。アパートに置いて来た」

「なーんだ…」

 

 

 でも待てよ、と島がそのパイプに開いた穴を見てポンと手を打つ。

 

「…笛、作ろうぜ」

「は?」

「これでリコーダーみたいなの、作るんだよ」

「リコーダー?」

 そんなもん作れんのか?

 

 果たして、その楽器作りはしばらくの間2人の絶好の暇つぶしになった。金属製のそのパイプを熱してレンチで叩いて真っ直ぐにし、コテとニードルで整った穴を開け。結局一本駄目にして、また別のパイプを拾いに行く。シティの廃墟の中である。こんなパイプならいくらでも転がっている。

 

 

 

 

 ピー… プー…… 

 

「変っな音……」

 

 オナラみたいな音に、古代が笑い転げた。

 ホントにこれ、音程つくのか?

「任しとけ…」

 

 俺は手先は器用だって、自信あるんだ。やっと音が出たんだから、コイツを仕上げようぜ。

 そう言いながら、島はもうひとつ、ニードルでパイプに穴を開ける。「よし、これで全部開いたかな…ド〜、レ〜、ミ〜、ファ〜……」

 

「下のドは、確か小さい穴が2つあったと思うけどな」

「マジか」

 何のためだろ??と首を傾げながら、一番下の穴の斜め横にもうひとつ、小さな穴を開ける。

 

 

 

 

 

 

 夕飯時。

 

「ピピーププープピピピピーペピピプププ…」

「おっ、ちゃんと音合ってるじゃん」

「だめだ、こんな音程じゃ耳腐る(笑)」

「いーから吹けよ〜」

 

 3つしか選べないフリーズドライの食事のメニューも、この思いがけない演奏の実現でちょっとはましな味になる。

 

「けどやっぱお前、上手いな〜、このクソ笛でそこまで吹けるんだから」

 罵ってんだか褒めてんだか。島が大口を開けて笑いながら、古代のリコーダーに合わせて歌い出した。

 

 

 

 …しーんろそのまま よ〜そろ〜っ ほーしにむかってかーじをきれ

 オレたちゃうちゅーの〜… 

 

 

 

「あっははは…」

 古代が笛を口から離して笑い出す。「島、お前相変わらずオンチな」

「あんだと〜?」

 うるせえ、俺の歌を聴けェ!!

 

 

…オーレたっちゃうーちゅうのっ ふーなのーりーさ〜〜っ

 

 

 調子っぱずれのリコーダーと、同じくらい調子っぱずれの島の歌声がおかしくて、古代は笑いが止まらなかった。

「あ〜… 可っ笑し〜〜!お腹痛ぇ」

 久しぶりだよ、こんなに笑ったの……!!

 

 

 

 

 

 

 その晩。

 トーチカの一つしかない部屋の、あっちとこっちに設えられた寝棚の中で。

 2人はぽつりぽつりと会話を交わしていた。

 

 

「…お前と俺、似てないとこあったな」

「髪型」

「はは、違う」

「俺はそんなに伸ばしたらアフロんなるわ」

「ぷはは、だから髪型じゃないって」

「お前はデコ出すとみっともないから、伸ばして隠した方がいいぞ」

「う〜るせー…」

 

 

 そうじゃないよ。

 

 

「……島。……ありがとな」

 

 

 は?

 

 

 急に古代がしおらしくそう言ったので、島は「しまった」と舌打ちした。

 

「気持ちワリィ、やめろよ」

「……あのハーモニカのこと、覚えてたんだ」

「…………」

 

 

 部屋の中は足下に非常灯の小さな明かりが点いているだけである。壁際に顔を背けなくても、自分の表情なんか見えないだろう。そうは解っていたが、島はさり気なく壁に向かって寝返りを打った。

 

「……うちのオヤジも、ハーモニカ好きだったからさ…」

「……ああ…。そういや、お前んちの親父さん、まだ治らないのか…?」

「……あー…うん」

「…おばさん、大変だな」

「次郎がいてくれるから。…大丈夫さ」

 

 

 

 嘘をつくつもりは、なかった。

 

 だが、自分の父親が、もうとうに戦死していることを古代に話せばまた……

 何より俺は、…もうメソメソすんのはやめたんだ。

 

 島はシェラフのふちに口元をぽすんと埋めると、ちょっと笑った。

 

 

 

 

 

 古代のハーモニカは、父親から譲り受けた物だ。

 

 …いや、兄の守が貰い受け、そしてそれを進がねだって手に入れたものだった。メ号作戦に出撃していった守から、古代はそれを「大事に持っててくれよ」と言われた…と言っていた。

 兄さん、変なこと言わないでくれよ。一生のお別れみたいじゃないか……

 

 その話を古代から聞いた島は、ともすればしょんぼりしがちな親友を慌てて笑って慰めたのだ。

「守さんの言ったのは、吹かないと錆びちゃうから吹いてやれ、ってことだろ?心配性だなー、お前は」と。

 

 これも2人共通の、妙な偶然。島と古代の父親同士は面識はないが、島の父親も楽器の演奏が好きな男だった。金属製のハーモニカは楽器にしては携帯に便利なこともあり、当世風の宇宙船乗り流行のレトロアイテムでもあったから、驚くほどの偶然でもなかったのかもしれないが……。

 

 ただし、古代進はハーモニカが吹けるが島大介は演奏音痴。

 

 

 

 

 

「はは…楽器の演奏だけはなー、駄目だな俺ぁ」

「歌もだろ。…そこがオレたち似てない」

「チェッ、うるせーよ」

 

 

 ふふっ、と島は笑う。なーんでだろ。

 

 

 脳裏に在りし日の父が吹いて聞かせてくれたハーモニカの曲が甦る。

 

 

 

<明日に架ける橋>

 

<家路>

 

<牧場の朝>

 

<浜辺の歌>……

 

 

 

 ——そういえば……両親を突然の爆撃で失った古代を病院へ訪ねた島が見たのは、ハーモニカを吹くことも出来ずにただ握りしめ、塩辛い涙だけを延々染み込ませている痛々しい背中だった。

 その後。ウチに遊びに来いよ、と善意から古代を家に誘って、島は一度酷く後悔したことがある。帰還していた父が事情を知らずに持てなしのつもりで、ハーモニカを出して<家路>を吹いて聞かせたのだ……

 それを聞いた古代は、顔は笑っていたが気の毒なくらい塞ぎ込んでしまい。

 

 

 そんなこともあって、島自身は自分の父親が残して行った形見のハーモニカを、迷わず弟の次郎にやってしまった。

 

 

 

 

 

 そして。

 ——吹けよ、と言えぬまま数年が過ぎ、今に至る。

 

 

 

 

 だからこの火星で、することが何もないから、というおかしな理由であれ。古代に笛を吹かせたのはひとつの進歩だと、そう島は思った。

 

 

 

 

 

 

「帰ったら、ハーモニカ、吹けよ。な、古代」

「え…?…ああ」

 

 

 そうだな。

 

 

 照れくさそうな返事が向こうの寝棚から返って来て、島はまた暗闇でくすりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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